電子放出

 物質の表面近くにある電子が何らかの方法でエネルギーを得て表面の位置エネルギー障壁に打ち
勝って真空中に放出する現象。

熱電子放出
 金属では電子は0Kでフェルミエネルギーまでの準位を充たしており、このフェルミ準位真空準位
との障壁に相当するエネルギー=仕事関数Φ以上のエネルギーを熱により与えると電子は真空中に
放出される。
 放出電流はリチャードソン・ダッシュマンRichardson-Dushmanの式で与えられる。
    Jth=ATe−(Φ/kT) 〔A/m〕  A=4πemk2/h3=1.20x10 〔A/m
 仕事関数が小さい材料で温度を高くすることが有利、従って融点の高い材料が好ましい。

熱陰極材料

◎ 仕事関数
 仕事関数は周期表的な周期性があり、アルカリ金属で極値をとる。
 一番よく使用されるW(4.5eV)は比較的高く、ランタニドアクチニドは比較的低い(2.5−3.5eV)
 ・LangとKohnによるジェリウムモデルによる計算
   一個の電子の占める球体積の半径rをボーア軌道半径aで無次元化した値r(電子気体の密度を
  特徴づけ)の関数でrが大きいほど仕事関数は小さい。
 ・GordyTとhomasによる半経験的パラメータ(電気陰性度)を用いる方法。
   仕事関数=2.27+0.34 :彼らによって与えられた電気陰性度
 二元合金ではCs、Rb、K等を含む合金が低く、これら元素が表面で吸着層を形成すると考えられる。

◎ 性能係数Figure of Merit
 熱陰極材料の寿命は蒸発できまる。
   Figure of Merit=Φ/T  T:蒸気圧10−5torrの温度
       
Figure of Merit=Φ/T
 W  1.6x10−3
 LaB  1.3x10−3
 Ba−O−W   1x10−3
 TiC  1.4x10−3

(1)バルク型
 高融点金属:W、Mo、W−Re、W−Os、W−Ir・・・
 化合物
  二元化合物の仕事関数は低い仕事関数をもった元素に支配されるという
 傾向があるのでランタニド金属のホウ化物、酸化物、窒化物などは仕事関数
 が低く、高温、高真空にも耐え熱陰極として有望である。
  特に炭化物、ホウ化物、窒化物は電気伝導度が大きいので電子放出に都合がよい。
  LaBが計測機器で実績があり、TiCなども研究されている。

(2)単原子層型
  金属の表面への原子・分子の吸着により下地との電荷移動で電気双極子層を形成し表面の仕事関数が
 低下すると説明される。
 ・W−Th(トリエーテッドタングステン)
 ・含浸型
   酸化物陰極を高電流密度で使用するとジュール熱で破壊に至り、これを改善する目的で含浸型陰極
  開発された。
   含浸型には
    空洞にBa化合物を充填し多孔質W(W−Os)で蓋をしたもの。(L、MK、CPD型等)
    多孔質W(W−Os)にBa化合物を含浸したもの。(A、B、S型等)
    多孔質WにBa化合物を含浸したものをOs、Ir、Os−Ru等で被覆したもの。(被覆型陰極、M型等)
   がある。
   含浸型陰極は工程上やコスト更には動作温度が高いなどの問題がありブラウン管に使用されることは
  ほとんどない。

(3)酸化物(半導体型?)
 酸化物の電子放出を半導体として説明することがあり、BaOがその例とされる。
 酸化物の還元によりドナー・アクセプター準位が形成され仕事関数Φ’は
   Φ’=χ+E/2  χ:電子親和力、E:伝導帯の底とドナー準位とのエネルギー差
 となり、放出電流は次式で説明される。
    J=A’T5/41/2−(Φ’/kT)  n:ドナー密度

 ・Ba酸化物
  Ba酸化物は仕事関数が小さいのでブラウン管、蛍光ランプなどで熱陰極材料として使用されている。
  (Ba・Sr・Ca)Oの三元酸化物が放出電流が大きい。
  BaOを還元して遊離Baを生成させる活性化が行われる。
  ブラウン管(陰極線管Cathode Ray Tube)ではNiスリーブの表面に(Ba・Sr・Ca)Oを塗布した
 酸化物表面被覆陰極として使用される。(酸化物陰極と通称)
  BaO、SrO、CaOを塗布した陰極はいずれも仕事関数が低下するため、表面のBa吸着説もある。
  蛍光ランプは動作温度が高いためBaの蒸発をおさえる目的でZrOを添加したものをWコイルに塗布する。
 ・Ba複合酸化物
  BaOと他の耐熱酸化物との複合酸化物は仕事関数は高くなるが、使用温度を高くでき放出電流が
 大きくなる。
  5BaO・2Al、5BaO・2Al・3CaOなどがあり、マグネトロン、クライストロン、進行波管などの
 マイクロ波真空管で含浸型として使用される。
  更に高温でのBa蒸発抑制のためBa系酸化物のタングステン酸塩やこれにYなどを添加したものが
 高圧水銀ランプや高圧ナトリウムランプで使用される。
 ・希土類金属酸化物
  融点が高く、仕事関数も比較的小さいので高温用に有用である。
  メタルハライドランプではBa酸化物はハロゲン化物と反応するので使用できず、ThOなどが使用されて
 きたがThのハロゲン化物を封入したものでは反応するのでDyが有効である。
  希土類金属ハロゲン化物が含まれている場合は同じ希土類の酸化物が有効である。
 ・Sc
  Scの添加が高電流密度化に効果があり研究されている。
  含浸型陰極をScやSc12とWで被覆したものや酸化物陰極の(Ba・Sr・Ca)O三元酸化物
 にScを添加したものなどが研究されている。

【電界電子放出】

◎ ショトッキー効果:電界によりエネルギ障壁は低下し、熱による電流放出は増加する。
   Jth=ATe−(Φ’/kT)  Φ’=Φ−0.5e(eE/πε0.5
  lnJthとE0.5はリニア(ショトキープロット)な関係をもつ。

◎ 冷電界放出:印加電界が10V/m程度になるとエネルギー障壁は非常に薄くなり常温でも
 トンネル効果で電子が放出される。
  放出電流はファラー・ノルドハイムFowler-Nordheimの式で与えられる。
   J/V=aexp(−bΦ3/2/V)
  ln(J/V)と1/Vはリニアな関係をもち、傾きがΦ3/2となる。
 電界放出は本来高電流密度なので放出電流の安定性が問題となる。
 吸着原子や表面の原子レベルの凸凹が電流変動の原因となる。
 W陰極の改善として拡散補給型W/Zr−O陰極などが研究されている。
 化合物はガス吸着の影響はうけにくいが電流密度が小さい。
 電界放出には高電界が必要なので1μm以下の曲率半径をもつチップが陰極として使用される。

 ・熱電界放出:熱電子放出と電界電子放出が混合した放出
 ・冷(電界放出)陰極と熱陰極 
   陰極を加熱して電子を放出させる熱陰極に対して、電界放出を利用した電子源を冷陰極と呼ぶ。

◎ 弾道電子Ballistic electron
  散乱をうけずに移動する電子。結晶中では電子は不純物などにぶつかって散乱されながら進むが、
 結晶でも電子の平均自由行程よりも小さくなるように加工すれば弾道電子が得られる。

光電子放出
 エネルギーhνが金属の仕事関数Φより大きい光(hν≧Φ)を与えることによって電子が放出される現象。
 アルカリ金属やアルカリ土類金属などの仕事関数の低い合金が使用される。
<光電子放出材料>
  Ag−O−Cs:750nmにピークをもつ、赤外用。
  Sb−Cs:一般的だがバイアルカリにとって代わられた。
  Sb−Rb−Cs(バイアルカリ):感度が広く紫外から700nmまでの感度をもつ
  Sb−Na−K−Cs(マルチアルカリ):700nm以上にも感度をもち、広範囲の波長感度をもつ
  Cs−I:300nm以下の低波長用
  Cs−Te:200nm以下の低波長用

 光電管、光電子増倍管、撮像管(イメージ・オルシコン)などに利用。

◎ フォトカソードRF電子銃
  RF電界をかけたフォトカソードにピコ秒のパルスUVレーザを照射。
  高輝度、短パルス、低エミッタンス(平行で細いビーム)が得られる。
  加速器の電子線源。
 
二次電子放出
 仕事関数より高いエネルギーのイオン・電子等一次粒子を固体に入射させたときに電子が放出される現象。
 二次電子放出比δの最大値δmaxは金属ではほとんど1.0〜1.5であり、ほぼ仕事関数に対応するが、
半導体・絶縁体は10以上のものもある。
 アルカリ金属のカルコゲン化合物やハロゲン化アルカリが大きなδmaxをもつ。
 δはある入射エネルギーで極大値をもつ。これは深いところで生じた二次電子は固体表面に達するまえに
エネルギーを失うためと考えられる。
 斜めからの入射がδmaxが大きい。これも斜めから入射した電子は深く入りにくいためと考えられる。
 δは禁止帯エネルギー幅Eの影響をうけ、Eの小さい金属では電子のエネルギーが低いため表面に
達しにくいのでδは小さいが、Eの大きい物質では電子のエネルギーが高いため表面に達しやすくδが
大きいと考えられる。
 なかでも仕事関数の小さいアルカリやアルカリ金属化合物がδmaxが大きい。

<増倍管用二次電子放出材料>
 増倍管:増倍管は二次電子放出比の大きな物質でできたダイノードを数段組み合わせ、電子をカスケード的
に増倍する。
  増倍管は形状効果が大きく湾曲したほうが特性がよい、また応答速度は抵抗に依存する。
  実際には加工性、真空特性よりガラスが使用される。
  ガラスはδmaxは2〜4で金属よりは大きいが絶縁体のなかでは低いほうである。
  ガラスのδmaxに対応するEmaxは300〜400eVである。
  ガラスは抵抗が大きいので抵抗を下げる試みがなされている。
   ・電導薄膜蒸着ガラス:細管化(チャンネルプレート)、湾曲化に問題
   ・還元処理高鉛含有ガラス:Bi,Sbの添加が有効
   ・電子伝導性ガラス:遷移金属の添加、粘性が低く加工性悪い。
  細いチューブ状の管を多数束ねたチャンネルプレートにより二次元の画像増幅も可能である。
     (イメージ・インテンシファイア)

◎ イオンによる二次電子放出
   イオンによる二次電子放出は電子同様の運動エネルギーによるカイネティック放出による二次電子、
  オージェ電子のほかに一次イオンの運動エネルギーにほとんど依存しないイオンのもつポテンシャル
  (電離電圧エネルギー)に起因するポテンシャル放出による二次電子(イオンの電子捕獲によるオージェ電子、
  コンボイ電子)がある。
   ・イオンの電子捕獲によるオージェ電子
     イオンが固体から電子を奪い中和することにより固体が励起状態となる発生するオージェ電子。
   ・コンボイ電子
     イオンが薄膜を通過したときにイオンのポテンシャルに引かれて付随して出る入射イオンと等速の2次電子。

◎ Self Sustain Emission(マルターMalter効果
   マルター効果:Malterは電解酸化したアルミニウムをセシウムと酸素照射したものに電場を印加しながら
      電子照射し非常に大きな二次電子放出電流と照射停止後も数時間の二次電子放出電流維持を確認した。
      これは二次電子放出により酸化膜が正に帯電することが原因とされる。
   このような電場下での薄膜誘電体の電子照射による非常に大きな二次電子放出電流と照射停止後での
  数時間の放射の維持(Self Sustain Emission)はBe、Alのような軽元素の酸化膜(薄膜誘電体)で起こりやすいとされ、
  MgOなどでも認められている。

◎ オージェAuger電子
  一次電子等により生じた空位に外殻から電子が遷移する際にその準位間のエネルギーを光子として
 放出せずに他の電子に与えることによって外部に放出された電子。
  放出された電子エネルギーはたとえばK−LL遷移(K殻へL殻から遷移しL殻の他の電子がオージェ電子
 となる場合)ではEauger=EK-2EL-Φとなり元素固有の値となる。 
  このオージェ電子のもっているエネルギーは小さいため固体の極めて浅い表面からしか固体の外へ
 でることができず、浅い表面の分析に有効である。
  蛍光X線(光子)とオージェ電子は両方同時に放出されが、原子によってどちらが強く出るか決まり、
 原子番号が小さい原子ほどオージェ電子が出やすく、大きい原子ほど蛍光X線が出やすくなる。
  →オージェ分析装置
*走査電子顕微鏡での二次電子線像
    比較的エネルギーが低く(30eV程度)すべての方向の電子を容易に収集できるので照明効果に
   優れ、高分解像が得られる。

◎ スピン偏極電子源
  2種類ある電子のスピンのうちの一方に揃えた電子を放出。

エキソ電子放出(Kramer効果)】
 物質の構造欠陥に起因するもので、物質に対する電磁波・荷電粒子照射、ガス吸着、表面化学反応、
機械加工相変換などによる構造ないし電子状態の変化が電子放出源となる。
 放出は熱・光等の照射で促進されることが多い。
 BeO、AlなどのX線線量計への応用などが検討された。

【負性電子親和力Negative Electron Affinity電子放出】

 電子の伝導帯のエネルギー準位が真空のエネルギー準位より高い(負性電子親和力)と伝導帯に
電子が注入されれば電子は真空中に非常に放出さやすくなる。
  ・Siおよび禁止帯幅がほぼ1eV以上のV−X族化合物へのCs、Cs−O等の単原子層形成
    清浄面が必要、p型半導体が有利。
    GaAs:Cs−O光電陰極、GaP:Cs二次電子陰極などがある。
  ・ダイヤモンド、DLC、AlN、BN等のワイドバンドギャップ物質
    FEDへの応用検討。

【フラクト・エミッション】
 固体の加工や破壊の際に,材料変形部及び破断部から電子,光子,イオンなどが 放出される現象。
 摩擦や摩耗の場合をトライボエミッション。
 化学反応、絶縁体では電荷分離による電界放出などが原因として想定されている。

【その他の電子放出】
 ◎ PN接合、ショトキー接合の逆バイアスでのホット・エレクトロン放出 
 ◎ MIM(MIS)接合でのトンネル電子放出

【FED(電界放出ディスプレイ)】
  微小冷陰極を用いた、自発光型平面ディスプレイの一種。
  各画素は、陰極、蛍光体を塗った陽極、電子を引き出すためのゲート電極で構成される。
  各陰極からの電子放出を制御し、電子を蛍光体にぶつけて発光させ、画像を表示する。
  陰極CathodeといわずエミッタEmitterということが多い。

<FED用陰極>

◎ 電界放出型陰極
   電界放出では陰極に高電界をかける必要があり、そのため陰極は先端の鋭く尖っている必要がある。
   そのような先の微小に鋭く尖った陰極を多数形成する方法としては以下のような方法がある。

 ・Spindt型冷陰極
    FED開発の契機となった最初の実用的マルチニードル微小冷陰極で、窪みにゲート電極をマスクに
   回転蒸着法で円錐型の冷陰極を形成する。
 ・異方性エッチング(Gray法)・ドライエッチングSi冷陰極
    マルチニードル微小冷陰極をSiの異方性エッチングやドライ・エッチングを利用して形成するという考え。
    Siをベースにするとエミッタ電極をドレインとするFET構造が採用できる。
   *これらのバリエーションとして仕事関数の小さい物質(ダイヤモンド、DLC、BN等のNEAなど)の薄膜・
   フォトリソプロセスによるマルチニードル微小冷陰極の形成やコーティングによる改善が検討されている。

 ・カーボンナノチューブ陰極
    カーボンナノチューブがアスペクト比(縦横比)が非常に大きく先端が先鋭であることを利用したものである。
    ナノチューブ一本では、放出電流が小さく、多数のナノチューブを束ねたナノチューブアレイとして使用する。 
 ・モールド法陰極
    凹状の雌型に印刷、スタンピング、堆積(additive)法(薄膜プロセス)などで微小冷陰極を形成する。
 ・共晶組織、ウィスカーの利用なども考えられている。

◎ 横型平面冷陰極
 ・ナノ結晶シリコンエミッタ(BSD:弾道電子面放出型)型(松下、農工大
    シリコンをナノ結晶化し,それをチェーン状に繋いだ構造を構成すると,その中を電子が弾道的に移動する
   (通常の結晶シリコンでは格子散乱を受ける電子伝導となり、ランダムな方向に電子が放出されるが弾道
   電子伝導では直進方向に電子が放出される)という量子サイズのナノ結晶シリコン間の多重トンネル現象を
   利用している。
 ・表面伝導(SCE)型(キャノン
    2つの電極間の電子放出膜に幅数ナノメートルの非常に狭い亀裂が形成され、電極間に印加された電圧
   により生じるトンネル電子を利用する。
 ・横型平面構造
    エミッタ、ゲート、アノードを平面構造としカソード先端を尖らす。
 ・端面放出型
   積層構造の端面を利用。
 ・MIM、MISエミッタ型
   MIM(MIS)接合でのトンネル電子放出を利用。
   エミッタ電極となる導電体の表面に絶縁膜と導電膜とを薄く積層し、強電界での量子力学的トンネリング
  現象を利用して電子を引き出す。薄くて無欠陥な絶縁膜形成がポイントとなる。
 ・PN接合、ショトキー接合の逆バイアスでのホット・エレクトロン放出の利用も考えられる。

◎ 強誘電体型
 強誘電体の分極変化による電子の発生を利用するもので温度変化や光照射を利用した焦電効果型と高周波電界
による分極反転を利用したもの(H.Gundel)がある。
 通常分極反転や焦電効果型を利用した場合得られる電流は10−9A/cm程度であるが高速パルス電界では
10A/cmが得られるとされる。
 同様に焦電効果で短パルスレーザーの使用が考えられる。(→フォトカソードRF銃)




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