Pbフリーはんだの金属学的基礎


(7−5−2) SnAgCu、SnCu系PbフリーはんだとSnPbはんだの比較

  すでに述べたことあるいはこれから述べることがほとんどであるが、まとめて簡単に比較する。

@ 外観、濡れ、融点

・外観・・・光沢、表面状態、引け巣
  共晶近傍SnPbはきれいな金属光沢を呈するが、SAC系は金属光沢を示さず、熱間割れhot tearあるいは引け巣shrinkage
 と称する溝状の亀裂が発生することもあり、特にSAC305でこれが目立ち、目視検査の問題となる。
  SnCu(Ni)は比較的良好な光沢、表面状態を示す。

千住


Agilent


引け巣
  千住(2004年 鉛フリー実装フォーラム)



Kester 引け巣あるいは熱間割れ


FCT


  引け巣は温度サイクルには問題ないとされるが、振動や繰り返し曲げでは影響するともいわれる。

・表面張力、濡れ、流動性
  SAC系は高表面張力で流動性が悪く、濡れも良くなく濡れ広がり、スルーホールでのはんだ上がりが悪い。
  Agは濡れを改善、Bi添加で表面張力低下し濡れ広がりも改善する。


荒川化学
 

manhattan プロジェクト


・融点と固液共存範囲、過冷却
  融点は
   共晶SnPb:183℃に対し共晶近傍SAC:217〜219℃、SnCuNi:227℃
  程度であり、Pnフリーは許容工程温度範囲(プロセス・ウィンドウ)が狭くなる。
   SAC系は低Ag化で液相線温度が上昇し、固液共存(ペースト状)範囲が広がる。
   液相線は組成により〜227℃をとる。


Lee
 DSC:5℃/min



  過冷却とはΔT=加熱時の溶融開始温度−冷却時の凝固開始温度でこれがSn系はんだでは20℃前後と大きく、
 特にPbフリーはんだが大きい。過冷却が大きな初晶Ag3Sn晶出のひとつの原因で、過冷却は微細組織に影響を与える。
Bosenberg

   示差熱分析DTAによる過冷却測定

A組織

・基本組織
  共晶SnPbはSn(βSn:bct)とPb(fcc)が体積で約7:3の2相合金であり、Crokerらの分類での複雑規則共晶組織を呈する。
  一方SAC、SnCuはSn96%以上の高Sn合金でβSnに共晶組織の硬くて脆い金属間化合物(Ag3Sn、Cu6Sn5)が
 分散した分散強化型合金であり、高Sn(βSn)相の周囲をβSnとAg3Sn、Cu6Sn5との2元あるいは3元共晶組織が囲む
 蜂の巣状組織を示す部分分離共晶の様相を呈する。

Zhang
  

Kang IBM


NIST
  3元共晶組織(針状:Ag3Sn、板状:Cu6Sn5)    共存組織

 共存組織 (1):βSnデンドライト、(2):βSn+Cu6Sn5、(3):βSn+Ag3Sn


Lu SACはんだバルクの初晶Cu6Sn5とAg3Sn



Huhら                        ザガジグ大 El−Daly(2011)ら

 共晶SnCu 光学像               共晶SnCu SEM像


・結晶粒組織
  SnPbは微細なβSnとPbからなる2相の多結晶粒組織を示す。
  SAC、SnCuは数個の結晶粒(コロニーと称する)からなる組織を示し、コロニーの内部には小傾角粒界の多数の
 デンドライトβSnが含まれ、コロニー間は高傾角粒界となっている。
  デンドライトβSnの周囲にはAg3SnあるいはCu6Sn5のIMCを含む2元ないし3元共晶組織が存在。
  BGAでは数個の結晶は結晶方位約60℃をなす双晶よりなるビーチ・ボール形態という特異な結晶粒構造をとりやすい。
  SAC、SnCuでは薄い接合あるいは小さなはんだボールでは1個のSn粒からなることもある。

MANHATTAN計画 Phase1 2009


Univesal Instuments


カリヤ SACのコロニー構造とSnPbの組織


Mattila


・凝固組織
  共晶あるいはNESnPbは凝固組織の冷却速度、組成依存性が小さいがNESACは影響されやすい。
  SAC、SnCuは共晶組織が形成困難でβSnが初晶として晶出しやすい。
  SACでは過共晶(Ag約3.5以上)では初晶はAg3Snであるが、Cu6Sn5はCuがかなり(Cu>1%)多くなるかAgが少なくならない
 と初晶とならない。初晶IMCは大きくなりやすい。
  冷却速度が遅いと大きな初晶Ag3Snが晶出しやすい。
  また低Ag(SAC305)から高Ag(SAC405)になるに従いβSnは小さくなる。
  過共晶あるいは冷却速度が速いと引け巣がでにくくなり、金属光沢を示すようになる。

千住金属工業 鉛フリー実装フォーラム 2004 
 基板


FCT


荘司ら


Kang


Kang


hartford


・エージング組織(組織粗化) 
  SACはエージングでIMCが集合・粗大化し、βSnも粗大化し、機械的特性が劣化する。
  SnPbでもエージングでPb粒とSn粒の粗大化がおき機械的特性は劣化する。

Hartford


Ding
 150℃x120hエージングによるSn−37Pbの組織粗大化


・接合部組織
  SnPbに比べSAC、SnCu系はんだは高Snはんだであるため基本的に電極との反応性が高く、電極溶解や界面でのIMC形成が進行しやすく、
 また接合界面でのKirkendallボイド形成を問題視する研究も多い。

塚本 主なはんだとCuの界面の典型的状態
 SC:Sn-0.7Cu、SCN:Sn-0.7Cu+Ni、SAC:SAC307、SP:Sn-37Pb


 相互接合部組織(QFPの端子フィレット)
Snugovsky


・Cu電極溶解
  Pbフリーはんだは高SnのためSnPbよりCu溶解が多い。
  はんだ中へのCu添加はCu溶解を抑制する。
  Ni、Co等の添加は界面IMCの形態を変化させCu溶解抑制効果があるとされる。
  電極溶解ははんだ量より電極面積に比例し、Cu溶解は凝固組織に影響を与える。

2009_06_2nd Generation LF Alloys-DfR
Cu溶解(残量) スルーホールのひざ部分
  

・界面反応(電極との反応)
  溶融Snと固体Cuの反応で界面に形成されるIMCはCu6Sn5であり、固体NiではNi3Sn4であるがSnCu、SACのような
 Cu含有はんだでは固体Niの界面のIMCはCu量によりNi3Sn4→(Ni,Cu)3Sn4→(Cu,Ni)6Sn5/(Ni,Cu)3Sn4の2層構造
 →(Cu,Ni)6Sn5と変化する。
  またCu電極とNi電極の相互接続でははんだ中にCuを含有しなくてもCu電極の溶解によりNi電極側のIMC層形成が影響を受ける。
  このように電極とはんだの反応により形成されるIMC層にはIMC相の遷移、IMC剥離、電極間の相互作用、更には接合界面への再堆積
 というような複雑な現象がおきる。
  また界面に形成されるIMCははんだバルク中と異なる形態を示すことが多い。
  NiはCuに比べて溶解量が少ない。
  Zn含有はんだではCu、NiはZnとのIMCを形成する。

 *再堆積redeposition
   電極から溶解しはんだバルク中に分散した成分がエージングで電極付近に層状のIMCとして偏析していく現象。

富士電機

 scallop-like(帆立貝殻状)と称されることの多いはんだとCuとの界面のC6Sn5層形態(morphology)

コロラド鉱山学校のMadeniら Cuと各種Pbフリーはんだの界面IMC状態


Sn−Ag−CuはんだとNi基体の反応でのCu効果 Kao 
  

 SnPbとNi/AuでのエージングによるAuSn4再堆積
 (実際の相互接合ではCuが存在すると複雑な挙動となる)
Kao


*IMC剥離spallingとフィレット剥離(フィレット・リフティングlifting)
  IMC剥離は溶融はんだ中で長いリフローにより電極との間に形成されたIMCが下地から離脱すること、外観からはわからない。
  フィレット剥離は挿入部品で凝固時の応力によりはんだがランドからはんだ/ランド界面で剥離すること。

Kao IMC剥離                    Kester フィレット剥離                   Handwerker フィレット剥離


・Kirkendallボイド形成
  SnとCuの界面にCu6Sn5が形成されると、Cu6Sn5を通しての拡散はSnよりCuが速く、CuとCu6Sn5の界面にボイドが生成する。
  エージングでCuとCu6Sn5の界面にはCu3Snが形成され、KirkendallボイドはCu3Sn中とCu3Sn/Cu界面に形成される。
  しかしカーケンダール・ボイドはめっき不純物の影響とも言われる。
  無電解Ni(P)でも形成されるという。

IBM Henderson

 上からCu/Cu3Sn/Cu6Sn5/はんだ

・低融点成分の影響
  PbフリーはんだにPb、Bi、Zn、Inなどが混入すると凝固時やエージングで偏析により低融点相が形成され、強度が劣化し、
 はんだ付け時にはフィレット剥離、再溶融剥離といった現象が生じ、特にPb、Biで注意が必要である。
  またInでは温度サイクルにより相変態を起こしはんだの収縮を起こすことがある。
  これらは臨界濃度があるので混入量に注意する必要がある。

*再溶融剥離
  リフロー→フロー工程でリフローはんだ付けした大形の表面実装部品が後のフロー工程ではんだ接合部で剥離すること。

NEC フィレット剥離                                   再溶融剥離




B物理的・機械的特性

・特性の異方性
  SAC、SnCu系は高Sn合金なのでβSnの影響を大きく受ける。
  βSnは機械的特性、熱膨張率の異方性が非常に大きく、従って1個のSn粒からなるような場合、結晶方位の違いが
 接合特性に大きな影響を与える。

Pierce


・組成依存性
  SnPbでPb組成の数%の変動は特性に大きな影響は与えないがSACではAgの1,2%(Cuはそれ以下)の変動は組織・特性に
 大きな影響を与える。

Zhang                                        Che


・単調応力−ひずみ試験によるはんだバルク引張強度
  非常にばらつくがおおよそ
    SnCu<SAC105<SnPb≒SAC205<SAC305<SAC405
   なお引張強度には微量のNi、Co添加はほとんど影響を与えないが、(多量の添加は特性を悪化させるので行われない)
   固溶強化を示すBi、Sb、In添加はかなり影響し、エージング特性にも影響する。

・繰り返し応力−ひずみ試験
  繰り返し応力−ひずみ試験ではSn系はんだは加工軟化を起こす。

・温度特性
   Sn(bct)は低温脆性を起こす。従って高SnのSAC系、SnCu系は顕著な低温脆性を示す。
   一方Pb(fcc)は低温脆性を示さず、従ってSnPbでは低温脆性はやや緩和される。

・ひずみ速度依存性(加工硬化)と接合部の破壊モード変化
  はんだは高ひずみ速度で強度上昇(加工硬化)が起きる。
  一方はんだ接合界面のIMC強度あるいは層間強度は上昇をしないと考えられるので静的試験では
 はんだバルクの延性破壊を示すが落下などの高ひずみ速度事象では接合界面での脆性破壊を示す。

・ホモロガス温度
  はんだはホモロガス温度(融点規格化温度)Tmが室温付近でも0.5Tmを越えるため、室温付近でもエージング諸現象がおき、
 容易に組織変化、動的再結晶、クリープが生じる。

金属・はんだ 融点(°K) ホモロガス温度
300K 400K
Sn  505 0.59 0.79
Pb  600 0.50 0.67
共晶Sn−Ag−Cu  490 0.61 0.82
Sn−37Pb  456 0.66 0.88

 単調応力−ひずみ試験では通常は加工硬化を起こすが、温度が高くなったり、ひずみ速度が遅くなったりすると加工軟化が起きる。

・接合の影響
  はんだ接合では電極(基材)の溶解、はんだ部寸法(はんだ量、接合部面積)、熱履歴などによるはんだ組織特にIMCの形態、
 結晶粒組織への影響のほかに電極部基板構造により、熱流、熱応力などが変化し故障現象に影響を与える。

C信頼性
  強度はAg量に依存し(分散強化)、温度サイクル特性(熱疲労)、クリープは高AgSACが優れているが、
 落下や衝撃などの高ひずみ速度では低AgSACあるいはSnPbが良い。

・クリープと応力緩和
  SACは分散強化型合金なのでクリープ特性がSnPbより優れているが、逆に応力緩和しにくいため、残留応力が減少しにくく、
 高凝固温度と相まって、高残留応力状態となりやすい。
  Pbフリーはんだの高強度もあいまって凝固時の応力でフィレット剥離の原因となる。
  またSACではフローで挿入部品のパッド(ランド)剥離が生じることがある。

 NEC ランド剥離


・疲労
  疲労特性はひずみ量に依存し、低ひずみ(弾性変形)あるいは高サイクル疲労はSACが良いが、
 高ひずみ量(塑性変形)あるいは低サイクル疲労はSnPbが良い。
  部品では小さな部品と柔軟な部品(リード部品)ではSACが良く、大きな部品(エリア・パッケージ)と硬い部品
 (チップ部品、リードレス部品)ではSnPbが良い。

・温度サイクル(基板搭載試験)
  温度サイクルに対しては一般的にSAC、特に高AgSACが強いが、厳しい条件に対してはSnPbが優れる。
  (高ΔT、チップ部品のような脆い材料の部品、大きなエリア・パッケージ部品)


  硬いstiff部品:フリップ・チップ→Sn−Pbが良い
  柔軟compliant部品:TBGA→SACが良い
  リードレス、セラミック部品、厳しい温度サイクルではSnPbが良い

  ΔTによって異なる(遷移点が存在)


・破壊の機構
  温度サイクルや恒温サイクルでの疲労破壊はSnPbでは結晶粒の粗大化と亀裂形成、成長であるが、
 SACでは再結晶による微細粒形成と粒界の分離による亀裂成長となる。

Osterman


・基板曲げ試験(限界曲げ試験、繰り返し曲げ試験)
  SACはSnPbよりせん断強度は優れているが基板曲げには弱い。

Hillman


・高ひずみ速度試験(基板搭載試験)
  SACははんだ自体の高強度、高クリープ耐性のため温度サイクル特性は良いが、高ひずみ速度の応力現象、落下や衝撃などには
 SnPbより劣る。これは破壊モード変化に起因する。


第2世代2011
 落下試験ではSACがSnPbより悪い


・破壊モード
  SnPbははんだが柔らかくはんだ接合においてははんだバルクが塑性変形し、応力を緩和しやすいが、
 SACははんだの剛性と強度が大きく、クリープしにくいため、はんだ以外の部分に高い応力がかかりやすく、
 そのため接合界面に応力が集中しやすく、フィレット剥離(IMC層あるいは界面破壊)、パッド剥離、積層板えぐれ(クレータリング)、
 部品母材亀裂(セラミック)といった新しい破壊モードが生じる。
 
 模式図:はんだ接界界面、パッド接着、積層板の強度の関係は任意。

Song 各種破壊モード



  特にリフロー温度が高いことが相まってパッド(ランド)剥離、積層板亀裂(パッド・クレータリング)が起き易い。
  これらは特に基板の曲げ変形で生じやすい。
  またはんだ強度のひずみ速度依存性のため高ひずみ速度(落下や振動)で特におきやすい。

Blattau 積層キャパシタの亀裂               Tulkoff パッド・クレータリング(積層板の亀裂)


Chong 落下試験



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